ある人の死
その人は4年前、ホームレスだった。2月の寒さが厳しい夜、失禁し、足が凍傷になり満足に歩けない状態で私と出会った。
一時的に栃木市に引き取り、凍傷が治ったら宇都宮市で生活保護を受けてもらう予定にしていた。ところがこの人は栃木市でアパートを見つけ、自分で生活保護を申請した。
栃木市で生活保護を受けることになったその人は問題を幾つも起こした。
・ある真夜中、病院より私に「この人を引き取って欲しい」との電話があった。
・会社を起こすと融資の申し込みを行い、店舗を借りようとしていた。
・新聞を5、6紙とり、携帯を7つ持っていたが、それは7つの会社を経営しているからだという。
・有名な政治家の親族と交友があり、その人から百万円単位でお金を借りているという。
・知人のコンピューターを直すと言って逆に壊し、SEの資格を持っているからと言って面接を受けが、採用されても行かなかった。
・スペイン人の婚約者がおり、日本に呼ぶと言う。結婚式を行うと会場まで予約していた。「内海議員も式に呼びます」と3日前に言われた。もちろん結婚式の日は何事もなく過ぎていった。
・芸能人を呼んでイベントを行うと言うが、設定した日時まで1ヶ月もない。「これから芸能プロダクションに打診をする。」「会場は押さえた。」と言う。
・栃木に4000m級の空港を作るという。アメリカのNASAに電話してアドバイスをもらったとか。
・栃木の市場調査をする契約を大手外食チェーン店からもらった。大手開発コンサルタントから都市開発の下請けをすることになったとも話していた。
・土地売買の仲介を行ったのでお金が入る。これら街づくりの会社を立ち上げる。店舗を借りるから私が自由に使ってくれても良いとも言っていた。
その一方で、幾度か「食べるものがない」と電話がかかってきた。病院に入院したが、「民生委員が保証人になってくれないから保証人になってくれ。」「退院だけど帰れないから迎えにきてくれ。」と依頼された。電気料が払えず電気を何度も止められていた。
アパートの部屋は拾ってきた粗大ゴミ、雑誌で床上1m近くゴミで埋まっている状態で、コンビニの灰皿からタバコを集めていた。
その人は、知識は豊富で弁も立った。それなりにおしゃれである。一見はまともに見えた。
しかし、大変な人であった。
一つ言えるのは、確信的に人をだましたり、傷つけることはできないタイプの人であった。
その人が亡くなった。自分の部屋の中でひっそりと。半ミイラ状態で。
先月の中ごろから姿を見なかった。今月に入り近所の人から「姿が見えない。調べてみてくれ」と言われていた。隣の部屋の人からも「ゴキブリが出る。」「ウジが湧いている」と言っていた。
その時は、私は議会もあり、他でも忙しく対応出来なかった。やっと、一週間前に尋ねてみたが鍵がかかっていた。その時は、「連絡くれ」とのメモをドアにはさんで帰った。
今日、不動産屋から鍵をかりた。その前に交番に行き、もしもの時のために部屋に入るのに立ち会ってくれとお願いした。「いない方が良い。いたら大変だ。」と警察官と冗談交じりで話したのを覚えている。
警察官が来る前に窓から部屋の中を覗いた。一週間前も見たが、その時と変わりはないようであった。安心した。いない。
しかし、窓から離れようとした瞬間、目の隅に人の手のようなものが見えた。何とも言えない感情が湧き起こった。「嘘だろ、どうしているんだよ」と心の中で何度も叫んだ。
直ぐ救急に電話した。警察もやってきた。私が鍵を開けたが、内側からロックがかかっており中に入ることができなかった。レスキュー隊が呼ばれドアが開けられた。
私は入らなかった。
現場検証が行われていた間、ずっと自問していた。私がもっと早く対応していれば状況が変わっただろうか。死ぬ瞬間は安らかだったのだろうか。私に出来たことは何だったのだろうか。
部屋から出てきた警察官に「安らかな表情でしたか」と聞いてみたが、「判別できない」という答えであった。
私が世話をした人で亡くなったのは、この人が初めではなかった。その時は亡くなったことを聞いても平静で受け止められた。しかし、今回の場合は違った。
私のやってきたことは何だったのだろうか。このような人を出さないために活動してきたのではないか。
私は、急に「人の生き死にの境で活動していた」ことを実感させられた。私の対応は、この人に、この命に誠実であったのであろうか。